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くんのインターン日記

政治学部2回生、京都市在住。野球部のキャッチャーをつとめる大男。
素直で大らか。黙っていて、最後の一言で笑わせて、オイシイところを総取りしていく。

3月11日(月)

13時00分〜16時00分 医療産業都市構想のシンポジウム
16時30分〜19時00分 消防局予算の事前勉強会
20時30分〜22時30分 梅田にて島本町の岡本さんと異業種交流会の打ち合わせ

インターン初日、昼からポートアイランドで開かれた
「医療産業都市構想シンポジウム」にいっしょに出席させてもらった。
何か高級な感じがして、場違いに思えた。
内容は再生医学(細胞から皮膚や骨を創る)の最先端で活躍している研究者達が
それぞれの成果を発表するというものだったが、
ほとんどチンプンカンプンだった。なかなか眠たかった。

この医療産業都市構想というのは、
ポートアイランドにバイオ系の研究機関やベンチャー企業を誘致して、
知的クラスターなるものを形成し、新産業の創出を図って、
神戸経済の復興と市民福祉の向上を目指すものらしい。
しかし、実際は本当にそのような効果が望めるかははっきりしておらず、
税金を使って作った、ポートアイランドの広い空地をなんとかしたいのが本当のところらしい。
この話を聞いて、政策の本音とタテマエを垣間見た気がした。
けっこう色んな政策がこんな感じで行われているのだろうか。ちょっと心配。

その後、市役所に帰って翌々日行われる消防委員会の資料のチェックをした。
井坂さんは僕が感じた疑問などもわざわざ役所の方に聞いて下さってちょっと感動した。
予算とかいろいろな数字がいっぱい載っていたが
それが高いのか安いのか正直ピンとこなかった。

夜は梅田に移動して、大阪の島本町役場の岡本さんと会食した。
岡本さんは異業種サークルの運営をやっており、
今度井坂さんを招いて行う講演会の打ち合わせということだったが、
議会の問題点やら入札の問題やら色々なことを語った。とても勉強になった。
中でも、政治を行う上で大切なのは、政策を考える段階で住民を巻き込み、
問題意識の共有を図ることが大切だという議論には感銘を受けた。

(井坂コメント)

いやいや、ポートアイランドの広大な空地を埋めることも大切です。
すでに借金して高いお金かけて造ってしまったんだから。
売れないまま放っておくと、最終的には市民の負担になってしまいます。

医療産業が21世紀の成長分野だということは間違いないと思うけれど、
神戸市の「医療産業都市プロジェクト」に、この先どれだけ多くの税金が投資されて、
その投資がいつごろいくら回収されるか、誰か分かってる人いるのかな?
あまりにも場当たりのギャンブル要素が強すぎて、なかなか賛成しにくいプロジェクトです。




3月13日(水)

10時00分〜12時00分 消防局の予算委員会を傍聴
13時00分〜17時30分 医療産業都市構想のシンポジウム
19時00分〜22時00分 立候補を目指す京都の3人組と会食

今日は始めて市議会の委員会を傍聴。

午後はインターン生だけで医療産業都市構想のシンポジウムに出席した。
内容は海外のバイオベンチャーによるプレゼンテーションだった。
英語での発表だったので、イヤホンで同時通訳を聞いていたが、
やはり同時通訳というのはわかりにくかった。
たまにイヤホンをはずして、うなずきながら分かっている振りをしてみた。
英語力の無さを再認識。

夜は立候補を考えている京都の若者3人組みと梅田で会食。その後解散。

(井坂コメント)

今日は放ったらかしでごめんなさい。
委員会を一日中聴いているだけでは退屈かな?と思ったけど、シンポジウムも退屈やった?
夜に会った3人組は、いまひとつ覚悟が決まっていない様子でしたが、
まあ、とにかく色々な人が一度は政治の道を人生の選択肢に入れてみることも大事かな。
今はあまりに特殊な業界なので、本当に優秀な人材からは敬遠されている気がします。




3月15日(金)

13時00分〜17時00分 予算委員会の総括質疑を傍聴
17時00分〜19時00分 翌日の「中国シンポジウム」の資料を作成
20時00分〜       神戸空港反対の集会に参加、そのあと会食

この日は初めて予算委員会を傍聴。
眠気との戦いであまり、内容が理解できなかった。反省。

昼まで傍聴した後、翌日の勉強会の資料作成。
途中井坂さんの質問があったので再び委員会へ。
井坂さんの質問の内容は論点もわかりやすく、他の議員の人たちの反応も違った気がした。
やはり井坂さんはやり手だ。

夜は神戸空港反対の市民団体の人たちと会食。
僕はこのインターンをやるまで、神戸空港の問題はほとんど知らず、あまり関心もなかったが、
空の安全や環境破壊の問題、関空との顧客を巡る競合など問題点ばかりだ。
大半の住民も反対している。
にもかかわらず、地元の意地や目先の利権のために建設が推し進められている。
役所はどこを向いて政策を行っているのか疑問に思った。

また空港推進の市長が当選してしまう選挙の難しさというのも知った。
選挙では他の政策も含めてその人を判断するため、空港推進者でも当選してしまうのだ。
だからこそ住民投票が必要なのだろう。

神戸空港の問題を考えていると民主主義が必ずしも万能ではないということを感じる。
環境保護を思う人たちの声を実現するのも民主主義だし、
ゼネコンの人たちの声を実現するのもまた民主主義なのだから。
また市民団体の人たちが言うこと全てが正しくて、
当局の言うこと全てが正しくないとも言い切れない。
だからこそ、住民一人一人が問題意識をもって主体的に行動することが大切になってくると思う。
この日は色々考えてかなり勉強になった。

(井坂コメント)

議会の質問も、街角の演説も、駅前で配る「いさか新聞」も、
中学生が聞いて分かるような易しい表現をいつも心掛けています。
専門用語を簡単な言葉で説明できないのは、そのことの本質が分かっていない証拠ですし、
なによりも「政治はやっぱり難しい」と思われたら負けだ、と思っているからです。

神戸空港に反対する意見が100%正しいなんてことはありません。
ゼネコンに仕事をあげることも大切なことですし、
役所の人たちが今さら空港を止められない事情もあるだろうと思います。
政治には100%正しい答えなど無く、だから議論が必要なのだというのが私の考えです。
正解があるのなら、議論などせずにコンピューターにでも任せれば良い、という話になります。




3月18日(月)

14時00分〜15時00分 ベンチャービジネスの方と面会
15時00分〜16時00分 住宅局にて市営住宅の問題を交渉
16時30分〜17時00分 交渉結果を住民の方に伝えるレポートを作成

この日は、太陽電池とコンデンサーをひっつけることで、
昼間にためたエネルギーを夜発光するというライトを作っている会社の人に会わせてもらった。
その人は去年の初めに十数年勤めていた銀行をやめて今の仕事についたらしい。
そして庁舎の24階の喫茶店の窓から神戸の街を見下ろしながら、
「このクリーンな光で神戸の夜を照らせるようになれればステキだ。」と語っていた。
やっぱ夢を持っている人はかっこよかった。僕もはやく夢を見つけよう!

その後、井坂さんとともに住宅局へ、
市営住宅で火事を起こした人に市として退去を要求できるのか担当の人に聞きにいった。
というのは、先日市営住宅でアル中の人がボヤを起こし、
井坂さんがそこの住民から相談を受けていたのだ。
何でもその人は普段から行いが悪く回りの人に迷惑をかけており、
近所の人は絶対いつか火事を起こすと心配して、
普段からその部屋のカギを預かっていたそうだ。
そして実際、寝タバコで火事を起こし、本人は寝たまま、
カギを使って入った隣人の消火のおかげでボヤですんだというものだった。

市営住宅からの退去というのは、本人の居住権との兼ね合いともあり、
中々難しいということであった。
役所の方もそういった難しい状況の中でできる限りの対応をしようとしていて、
なかなか好感がもてた。役所の人も結構大変なんだなと思った。

そしてその後、相談を受けた住民の人に結果を伝えるため、
井坂さんと住宅局の人との会話の内容をまとめてパソコン打ち。

(井坂コメント)

やむを得ない理由があって市営住宅に住んでいる方に、退去していただくというのは、
人道上も非常に問題のあることです。
今回のケースは、実際に隣の人の命にかかわる事故が起きかけたということで、
次に本当の火事になった時は取り返しがつかないと判断しました。
ボヤを起こした人は、近所に住むお母様に引き取っていただく方向で、今後すすめます。

 

3月20日(水)

10時00分〜11時00分 本会議の傍聴
12時00分〜13時00分 灘区の保育所問題の現地を視察
13時00分〜15時00分 食事、そして雑談
16時00分〜17時30分 光ファイバー通信の会社で打ち合わせ
18時30分〜21時00分 梅田で人材開発セミナー

この日は朝から本会議の傍聴。
長時間を覚悟で行ったが一時間もせずに終わり拍子抜け。

その後、ある保育所を視察するため井坂さんのお膝元・六甲道へ。
何でもその保育所の隣にあるマンションが解体されて、
そこにさらに大きなマンションを建てるらしい。
そこでそれに伴って、保育所の保護者の人達が工事の騒音や埃、振動など
十分に配慮して園児の安全をしっかり守ってほしいという陳情が出された。
22日の福祉環境委員会でこのことが取り上げられるため、その現場視察だった。

保育所まで井坂さんのマイカーで行った。
なかなかスポーティーな車でちょっと意外だったし赤色だった。
当選祝いに前の会社の上司の方にいただいたそうだ。
現場についてみるとやはり百聞は一見にしかず、そのマンションと保育所との近さに驚いた。
なるほど確かに園児にいい影響があるはずがない。

現場を見ておくことの大切さを知ったところで、井坂さんの自宅兼事務所で一休み。
婚約者小西さんお手製のスパゲティーをご馳走になったり、
井坂さんとの馴れ初めを聞いたりして井坂さんの意外な一面も知ることができて楽しかった。
でも井坂さんはタジタジだった。
あと井坂さんが当選した時のビデオを見せてもらった。
派手すぎるガッツポーズと噛み具合が印象的だった。

そしてその日の夜は、井坂さんと同じ住民投票議員団の浦上さんのお誘いで、
井坂さんとともに人材開発セミナーに出席した。
岩田博志さんという社長さんが講演して下さったのだが最初はちょっと引いた。
けれど時間が経つにつれ、段々話に引き込まれていった。
凄過ぎた。熱すぎた。
さすが浦上さんが陶酔するだけのことはあると思った。

話の内容は、
「自分の責任を認めてその責任を果たさない奴は成功しない!自分の素晴らしさを知れ!
素晴らしい人生にするかしょうもない人生にするかは自分次第だこの野郎!」
という感じのことだった。
それを実践しているらしい社長さんは確かに輝いて見えた。
社内で「抱かれたい男」ナンバーワンらしい。
僕も社長さんが言っていたことを胸にとめて生きていこうと思った。
熱い夜だった。でも坂東英二にそっくりだった。

(井坂コメント)

相談を受けたら、必ず現場に行くようにしています。
百聞は一見に・・・ということもありますが、
あとで議会で議論する時に、「現場にも足を運びましたが・・・」と言うだけで、
議論の説得力が格段に違うからです。

「赤のスポーツカー」は、ホンダのプレリュード・平成1年型です。
中古車では、ほとんど無料同然で売っている、ごく普通の国産車です。
ゼイタクしてるわけではありませんので、このページをご覧になる方に誤解の無いように。

 

3月22日(金)

10時00分〜15時30分 福祉環境委員会の傍聴
17時00分〜18時00分 アフガニスタン支援NPOの人と打ち合わせ
19時00分〜21時00分 バークレー市会議員との交流会

福祉環境委員会を傍聴。
市民からの様々な陳情について当局と委員との間でやり取りが行われた。
その中で先日の保育所の件も取り上げられた。
陳情される方をはじめ多くの保護者の方が傍聴にきていた。

この委員会は結構ガチンコ勝負で色んな人の本音を垣間見ることができた。
例えば、ある議員さんなんかは思わず「園児なんかよりペット火葬場のほうが大問題だ。」
と言い放ってしまう始末。
傍聴席からはブーイングの嵐で、殴りかかろうとする人まででる始末。
僕も「オイオイ、それはないだろう。」と思っていると案の定、
議事録からの削除を求める始末。かっこ悪かった。
また、新米の局長さんは井坂さんの的を得た質問や提案にかなり譲歩していた。

そして委員会の最後に、それぞれの党が意見を述べて、
その陳情を採択するかどうかを決めるのだが、結局この保育所の件は不採択になった。
正直びっくりした。
反対意見の意味もよくわからなかったし、これぐらい認めても何も損することもないと思ったけど・・・やはり政治はよくわからん。
保育所の地元の議員までもが反対していた。
市民の見えないところで色々なしがらみがあるのか、
市民の方をみて判断をしていないというのがよくわかった。
井坂さんは「不採択になったのは残念だったけど、採択不採択は形式的なことで、
局長が譲歩したことは事実として残るから大丈夫。」とおっしゃっていたが、
これが政治のあるべき姿だとは到底思えないし、何か納得できなかった。

夜は、教会で行われる平和集会に参加した。
アメリカの連邦議会で唯一武力行使に反対した
バーバラ・リー(社民党議員の憧れらしい)を輩出した、バークレー市の議員さんの話を聴いた。
とても勉強になったと同時に、自分の英語力の無さを再々認識。
あとバークレー市のバッチをいただいた。
今度、学校でこういう系の授業があった時に自慢しよう。

(井坂コメント)

今回の陳情文書は私が下書きしたということもあって、いつも以上に気合が入っていました。
「マンション建設を止めさせてください」という陳情では法的にも勝ち目が無いので、
「建設中は園児を他の場所に避難させてください」という実現可能な陳情文書にしました。
何よりもまず、園児の健康だけは守りたい!と思ったからです。
保護者の中には、与党議員の支持者の方もいらしたので、
その方から与党議員に電話をしていただいたり、やれる事は全てやったのですが・・・

まあ、議論の中でいくつかの事が明らかになりましたので、次は業者との交渉です。

 

3月24日(日)

12時00分〜13時00分 尼崎の若者サークルの平和イベント
14時00分〜16時00分 保育園保護者とマンション建設業者の交渉

この日は若者が運営する平和イベントに参加した後、
井坂さんとともに例の保育所の保護者への業者の説明会に参加した。

今回の件に関していうと、法的には業者側に何の非も無いにも関わらず、
できる限りの対策はとって行こうという誠意ある対応が見て取れた。
やはり今の時代、企業というのは市民の声を無視していてはやっていけないのだと思った。
ちょっと違うかもしれないが、雪印食品の件なんかを見ていてもそのことは明らかだ。
このことは政治家にも役人にも言えることだと思う。
「育児をしたこともないオッサンらだけで、こういう問題に関する有効な議論ができるわけがない。」
と井坂さんはおっしゃっていたが、もっともだ。
やっぱり子供はかわいい。

(井坂コメント)

あんな良心的な業者さんも珍しいですよ。
議会が否定した案を、業者さんが無条件で受け入れてくれたということは、
ひとことで言えば、議会より業者の方が柔軟に園児の健康を考えてくれているということです。
本来なら、議会が業者に「園児の健康も考えてやってくれ」と言うべきなのに、
おとといの委員会の結論は、議会として本当に情けないですね。

 

3月25日(月)

13時00分〜14時30分 デザイン系ベンチャー企業を訪問
15時00分〜17時00分 神戸地域産業フォーラム

ポストカードなど手掛けているベンチャー企業を訪問した後、
官僚制度の勉強会に参加指せてもらった。

参加者は会社の社長さんとかなんとかもう年輩の人ばかりだったが、
みんなそれぞれの道で成功を収めてきたやり手集団だった。
なるほどと、思わずうなずくようなすごい議論から、
増えすぎた人口を減らすためにどんどん死刑を執行しろというような、
「本気で言ってんの?」の思うような議論まで様々だった。

そしてなぜか途中から、戦時中の話を持ち出したりして、
「今の若者は愛国心をもっているのか?」という議論になり、色々突っ込まれて困った。
僕は別に持っていようが持っていまいがどっちでもいいと思うし、
愛国心が良いとか悪いとかそういう議論をすること自体が危険なことのような気がする。

おじさん達は、「これからのことは若者にかかっている。」みたいなことを言っていた。
僕は心の中で、「自分の責任は自分で取れ。」と思いつつ苦笑いをしておいた。
やはり、若者と年輩の人との間には色んなギャップがあると感じた。
だからこそ、若者がもっともっと政治に参加していかないとだめだと思う。
40代、50代で若手と呼ばれるなんておかしいもん。

(井坂コメント)

だいたい愛国心を強制しないといけない、なんて情けない国ですよね。
過去の歴史を教科書が悪く書いているから、とか、そういう理由ではなくて、
いま現在の日本という国に、誇りを持って愛すべきものが少ない、それが問題です。
たとえば、普段は愛国心の見られない若者も、
サッカーの試合では顔に日の丸ペイントして、選手と一緒に君が代を歌います。
歴史教科書問題や、日の丸・君が代問題も大切かも知れませんが、
いま、世界の人々に誇れる日本であるのかどうか?
そこを変えていかない限り、いつまで経っても愛国心なんて湧き起こって来ないと思います。

 

3月28日(木)

10時00分〜17時00分 本会議最終日の傍聴
18時30分〜       インターンの打ち上げ会

本会議最終日、夕方まで傍聴。
ある議案に対し反対意見や違う提案を行ったり、また賛成意見をのべたりして、
最後に決をとる、という具合に進んでいくのだが、
誰がその意見に反対してどの意見に賛成するかというのはあらかじめ決まっていて
みんな結果はわかっているらしい。
井坂さんは「こんな議会なら要らない。」とよくおっしゃっていたが、まったくその通りだ。
議会ではもっと活発な議論を行い、
その中でそれぞれの議員が党の意見ではなく自分の政治心条と民意にあった判断をすべきだ。
議会はもっと生産的な場所になるべきだと思う。
最後にいつも本会議の時、
傍聴席からは見えないベテラン議員はどんな風にしているのかなと思い、
身を乗り出して見てみると、案の定だらしない格好で座っていた。
(ベテラン議員みんながそうではなかったのであしからず)。

その日の夜は、インターンの一応の締めということで、寿司屋で打ち上げをした。
途中からは奥さんも加わって、政治そっちのけの話でかなり盛り上がった。
とても楽しい夜だったが、これがみんなそろっての最後のインターンだと思うと寂しい気もした。

井坂さん短い期間でしたが、本当にありがとうございました。
色々なところに連れて行っていただいて本当に勉強になりいい経験になりました。
僕はこのインターンを通して、様々な人と出会って得ることができるものの大きさと、
一人一人が責任と問題意識をもって行動していくことの大切さを学びました。
ただ、井坂さんの後についていくだけで、何の役にもたたなかったことが心残りです。
これからは、このインターンで経験し、得たことを、ただ「経験した」で終わらすのではなく
これからの生活の中で活かしていき、さらに色々な経験をして、
何年後かには井坂さんに何かアドバイスできるぐらいの漢になっていたいです。
いや、なります。
井坂さんも今のスタンスを変えずに頑張って下さい。
また何かあったら呼んでください。そしてお幸せに・・・・

(井坂コメント)

本会議の最終日、あのシナリオどおりの多数決を初めて見たときは、私もショックを受けました。
議会って、いったい何なんやろう?と考えてしまいました。
でも、恐ろしいことに、今はそんなことに驚かなくなってしまった自分がいます。

20日間という短い期間で、まとまった仕事を頼むことも出来ませんでしたが、
辻くんが一緒について来てくれて、素朴で本質的な疑問をぶつけてくれたことは、
私にとって本当に勉強になりました。
議員を3年もやっていると、気付かないうちに世間と感覚がずれてきます。
私がいつもインターンの学生さんを受け入れるのは、そのズレを修正し、
立候補した頃の自分の気持ちを思い出すためでもあります。

ありがとう。これからもよろしく。

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